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「再更新」 コロナショックの死亡率は過小推定だ!日本でもその可能性あり


4月22日初出、5月17日更新

英国のFinanccal Timesはその名の通り金融情報に強いが、それだけでなく、経済や人口など経済に関係する多くについて優れた知見を持った記者がいる。それは、いわゆるジャーナリス志向の人だけでなく、そうした感性を持った経済や理系の専門家、あるいは専門家としての訓練を得た(修士や博士課程卒の)人を雇うからである。

昨日、Financial Timesは、欧米の新型コロナウィルスの死亡者は、実際の数値の60パーセン以上多いはずだと報道した。非常に参考になるし、日本の死亡率は異常に低いのではないかとする海外からの批判があるが、それを確かめるための方法論をしめしている。
https://www.ft.com/content/6bd88b7d-3386-4543-b2e9-0d5c6fac846c

推定結果は以下に示されている。


黒い実線が平年の死亡率の今年1から現在時点までの推移であり、その上の赤い実線が今年の1月から現在までの推移である。従って、その差と実際に報告された新型コロナ、COVID-19による死亡数を差し引いた人数が、過小に推定した死亡人数であるとしている。FTの記事では、それがなんと60パーセントにも登るかもしれないと言っている。


アメリカでは、5月2日現在で以下のようであることが、米国の通信社AFPが報じている。米国政府が発表しているCOVID-19による死者のなんと「3倍」だ。


これから様々なことが言える。

1) 平時の死亡率は安定的: 黒の実線は、僅かな上下変動(季節変動、例えば冬に死亡率は高い)はあるが、安定的だ。このことこそ

生命保険会社が成立する条件である(大数法則、The Law of Large Numbers)。ところが、死亡率のジャンプが生じている。ファイナンスでいえば、Jump過程で説明すべきことがおきたのだ。

2) デンマークの死亡率のみが、新型ウイルスを考慮しても安定的であることに驚く。それに反し、イタリアの急減な上昇が印象的だ。

3)スエーデンはいわゆるLock Downを行わなかった。つまり、自然に任せて、多くの人が感染し抗体が作られるを待ったわけだ。であることを奨励したわけではないが、多くの人の常識にまかせたわけだ。これには多くの批判があったし、今もある。しかし、死亡率のジャンプの大きさは、他のヨーロッパ諸国と同じかむしろ低い。何が言えるのだろうか?世界有数の福祉国家としてのスエーデンがこれまで整備してきた医療、福祉システムの成功かもしれない。日本もロックダウンをしたわけではないが、そのことの妥当性を示唆しているのかもしれない。

4) 「黒の実線と赤の実線の差」と「実際に報じられた新型コロナでの死者」との差は何を意味しているのだろうか? 日本でも統計の偽装が問題になったが、そのことを表していることになろう。


「超過死亡」という概念(追記:2020年5月6日)

こうした考え方は疫学や生命保険数理の講義で必ず教えられることである。私もむかしむかし、生命保険数理の講義で習ったことがあり、それを思い出して、このブロクを書いている。WHOも超過死亡(excess death, excess mortality)を政策決定に用いている。

また日本では「国立感染症研究所」の感染症情報センターが1998年から99年の流行期間より、インフルエンザの超過死亡に関する「感染研モデル」を好評している。くわしくは、大日康史, 重松美加, 谷口清州, 岡部信彦. インフルエンザ超過死亡「感染研モデル」2002/03シーズン報告. Infectious Agents Surveillance Report  2003; 24(11): 288-289.を参照のこと。

最近の具体的な数値はここで報告されている。5月4日時点の数値をみると、超過死亡率はないと判断されている。
============(「追加] 2020年6月18日 )==============
「追加] 東京都の2020年2,3,4月の死亡「者」数が発表された。

(黄:2020年の死亡数(10,107人)、黒:2019年の死亡数(9418人)、赤:過去4年の平均死亡数(9052人))

これを見ると次のようなことがわかる。

1) 2020年4月の死亡数(10,107人)は過去4年の平均(9052人)と比較して1,000人ほど多く、10パーセン増加している。ある。明らかに死亡率のジャンプが生じたことがわかる。
2) ただし、過去4年間の平均値と比較するだけでは正確でない。平均値それ自身サンプリングごとに確率的に変動する確率変数であるので、平均値の標準誤差を計算し、それよりも有意に2020年の死亡率が高いことを確かめる必要がある。
3)2月の死亡率は、4年平均と比べてむしろ低い。何を意味するか。COVID-19感染リスクの恐れから人々が色々な感染防御策を講じたことにより、季節性インフルエンザによる死亡が減った可能性がある。
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日本でも多数の研究者が、同じ手法で、もう少し精緻化したモデルを用いて、過去のパンデミックタイプのインフルエンザリスクについて、論文を書いている。全ては日本語だし、そのPDFも公開されている。ぜひ、時間のあるときにでも、読んでみてください。

日本語参考文献

逢見憲一, & 丸井英二. (2011). わが国における第二次世界大戦後のインフルエンザによる超過死亡の推定 パンデミックおよび予防接種制度との関連. 日本公衆衛生雑誌, 58(10), 867–878.

高橋美保子. (2006). インフルエンザ流行による超過死亡の範囲の推定 年間死亡率と季節指数を用いた最小超過死亡の推定モデルの応用. 日本公衆衛生雑誌, 53(8), 554–562.

高橋美保子, & 永井正規. (2008). 1987 年-2005 年のわが国におけるインフルエンザ流行による超過死亡. 日本衛生学雑誌, 63(1), 5–19.

小野浩二, 伊藤挙, 窪山泉, 大木幸子, & 椛沢靖弘. (2004). 東京都における死亡の季節変動: 主成分分析に見る主要死因の季節変動とインフルエンザの影響. 東京保健科学学会誌, 7(1), 35–41.

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