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「8割おじさん」の数理モデル

米国の週刊誌Newwweek誌の日本語版『ニューズウィーク日本版』の最新の2020年6月9日号では「日本モデル」と題した特集号で、北海道大学医学部の西浦教授が、「8割おじさん」の数理モデル」という論文を寄稿している。冊子体の本誌でも読めるし、また楽天マガジン・dマガジンなどのオンラインの雑誌読み放題でも全てのページが配信されている。

ニューズウィークとしては異例のアカデミックな論文である。数式こそ無いものの、変数名や学術用語が散見される異例の論文に成っている。同誌で経済や政治関係の記事に親しんでいる人にとっては、ちょっと難しい論文かもしれない。

しかし、非常に示唆に富んだ論文である。特に、「8割削減」の意味を丁重に説明している。最近、8割削減に関して、そこまでする必要がなかったという批判があちこちから出ているが、これをよんでから批判をすべきであろう。

疫学における感染症モデルは勿論、マクロ経済や資産価格決定モデル(CAPMやブラック=ショールズモデルなど)も、所詮は複雑な現実の抽象化に過ぎない。しかし、よいモデルというのは、抽象の革新をつかみ、リスク管理を行う場合、大きな間違いをしない基準となりうる。

また、この号では、”日本のコロナ対策は過剰だったか”という、西浦教授と國井修(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)との対談記事も掲載されている。ともにお医者さんでありかつモデリングを研究している二人の言葉は、経済やファイナンスのモデルを用いて仕事をしている、アナリスト、エコノミスト、研究者にとっても学ぶことが大きいとおもう。

國井氏はこう述べている「・・・私達モデラーはリスク評価についてはアンダーアクト(控えめに言う)よりは、オーバーリアクト(大げさに言う)して話をすべきと、肝に命じながらやってきた・・・・」

このことが経済や金融市場のリスク分析に当てはまるかどうか、人それぞれ異なる意見をもっているかもしれない、しかし、1つの教訓だろう。

ただし、西浦先生の論文は、数式を使わないようにしたために、高校数学を理解している人にとっては、帰って難しくなっているきらいがある。むしろ、数式を使って説明したほうが良いかもしれない。ところが、多くの感染症に関する論文や本では、特に日本語で書かれた本や論文では連立微分方程式をつかって説明している。そうすると、式をみただけで「こりゃ駄目だ!」という人も多い。

文系であっても、経済学(とくに経済動学)を勉強した人ならば、その理解は難しくない。しかし、経営や商学、法学部や文学部の在校生や卒業生にとっては、理解が難しいかもしれない。

このブログでは、高校数学がわかれば、理解できる感染症モデルについてこれから説明することにする。実際には高校数学がわからなくても、モデルを用いた数値計算のためのExcelシートを使って説明することにする。乞うご期待。

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