原油価格がマイナスに
日経新聞電子版は本日朝、次のように報じた。
「20⽇のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の期近5⽉物の清算値は1バレルマイナス37.63ドルで、前⽇から55.9ドル下落した。朝から売られていたが、拍⾞がかかったのは午後に⼊ってからだ。正午過ぎに10ドルを割ると10分おきに1ドル下がるような展開になった。午後2時すぎに節⽬の0ドルを割ると午後2時30分には⼀気にマイナス40ドル強まで崩れた。」
夕刊では、日経新聞のみならず、各紙が1面トップで大きくこのことを報じている。
これに対し、CME(シカゴ商品取引所)での原油「先物」最新価格:
Crude Oil Futures Quotes をチェックすると、
最新価格:日本時間2020年4月21日午後0時43分時点の最新値
1列目は限月(将来時点)、3列目が今の価格、6行目が清算価格(5月物はマイナス価格)
注意:マイナス価格は5月物(期近)だけであり、6月物以降は期先になればなるほど高くなっていることに注意
このことが何を意味するか考えてみる。「タダより安いものはない」は嘘だ
「タダより安いものはない」ということが言われることがある。しかし、それは本当でない。ものをタダでもらって、さらにお金がもらえることがある。そんな「美味しい話」がと思うかもしれないが、われわれの身の回りにはいくつもそうした話がある。
例えばマイナス金利だ。日本政府はお金を(国民から)借りて、金利を払うのでなく、マイナス金利、つまり金利分をもらうことができる。北欧の国では住宅ローンを借りて、利子が「もらえる」こともある。此等は金融の世界で生じていることだが、モノ(実物(Real Assets)」の世界でもそうした例はいくつかあるし、あった。
アメリカやヨーロッパでは、電力をマイナス価格で販売することが電力市場で生じている。春や秋の温暖な日が続くときには、暖房も冷房もいらない。でも天気は良く、太陽は光輝いている。何が起きるのだろうか?
風車がまわり風力発電が活発になる。日差しが良くなり太陽光発電が盛んになる。
つまり、電力の需要は減るが、供給は増える。ところが、電力は需要と供給を常に一致させる必要があるのに、春秋には受給のズレ、ギャップが生じる。もっと電力使ってくださいと電力会社が頼んでも企業や家計の電力需要は春秋にはそう簡単には増えない。そこで日本の電力会社はどするか?「風力や太陽光で発電した電力は引き取りません」となる。
ヨーローパやアメリカ(テキサス州ではとくに)どうするか? タダでも良いですから引き取ってください、と顧客にお頼みするわけだ。寅さんの言葉を借りれば「持ってけ泥棒」という啖呵をきるわけだ。それでももっていってくれなかったらどうするか。お金を払うから、おねがいだからか、持っていってください、となるのである。
例えば次の論文を御参考
何故?こうしたことが生じるのか?それは、電力が貯蔵できないからだ。もし需要以上の供給(生産)がおこなわれるのであれば、余った分は貯蔵しておけばよい。そして需要が増えた時に、倉庫から商品を取り出して、売ればよい。電力はそれができない。全くできないわけではなく、例えば揚水発電といって、夜間余った電力で、水を貯水池に汲み上げて、翌日昼間にその水を放水し、水力発電をする、といったことをやっているが、その量は微々たるものである。だから、大量の電池を低コストで貯蔵できる電池の開発が重要なのだ(この問題は別途議論する)。
貯蔵できる重油
本題に戻ろう。電力は貯蔵が難しいが、電力を作り出すためにもっとよく使われている重油、原油(Crude Oil)は、もちろん、貯蔵できる。だからコロナショックで、電力需要が減ったのであるならば、重油貯蔵すればよい。でも貯蔵のためには巨大なかつ多くの貯蔵タンク(運行していないタンカーに溜め込むことも可能だ)が必要だが、タダで貯蔵できるわけではない。それなりのコストがかかる。
いま問題なのは、タンクはもうすぐ目いっぱいになるかもしれないということだ。
目いっぱいになったらどうするか?
川に、海に捨てるわけには行かない。前にも言ったように、「タダでも良いですから引き取ってください。寅さんの言葉を借りれば「持ってけ泥棒」となる。しかしそれも無理かもしれない。しょうがない、お金を払いますから(1バーレルあたり40弗!)重油を引き取ってください、ということになったのである。でも今になるとマイナス16弗。美味しい話に飛びついた人も多くいたため、価格が上がったのだろう。
原油先物市場で、つまり5月の第4金曜日(毎月25日直前の営業日)、NY時間午後三時に原油1バーレルを売る約束をしたひと(売り手)は、買い手に1バーレル40ドルを払いますから引き取ってください、という契約をしたわけである。
この点を、ファイナンス理論、特にオプション契約の観点から考察してみる。
先物契約に含まれる「押し売り」する権利:プットオプションが顕在化したのでは?
今回のマイナス原油先物契約は、実際には、5月物先物売りをした売り手は、そこに内包される原油を「押売りする権利」を行使したのではないだろうか?
先物契約は「差金決済」と言って、原油を買う約束をしたからと言って実際に原油を引き取る必要はない。先物満期日に、あたかも買うといった人が損をしたときにはお金を先物売った人に払い、得をしたときにはお金をもらうことで、契約を完了することが普通である。
しかし、現物受け渡しと言って、先物売りをした人は、現物を買い手に受け渡す権利も有している。現物決済が行われる可能性は、平時では非常に少ないのであるが、今回の様なコロナショック経済のもとでは、先物売りをした人が本当に現物の押し売りをするかもしれないということ勘案して、マイナスの原油「先物」価格が成立したのであろう。
押売されて手元に重油が渡ってもどこにも貯蔵できないとなったらどうするのか、そう考えてみたら、深刻さの度合いがわかるのではないでしょうか?
WTI石油先物価格の期間構造に注目する必要がある。先物価格を見れば、市場は、投資家は、コロナショックの影響をどう見ているか、数字でわかるわけだ。
つまり、今は23ドルしてても、5月、つまり1ヶ月後には、アメリカ中の石油タンクは満杯になり、誰も重油の引取り手いなくなると市場は判断しているのだろう。だから先物売りをして、行き場所に困った重油の押し売り(プット)をしているのだ。
日経新聞電子版は本日朝、次のように報じた。
「20⽇のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の期近5⽉物の清算値は1バレルマイナス37.63ドルで、前⽇から55.9ドル下落した。朝から売られていたが、拍⾞がかかったのは午後に⼊ってからだ。正午過ぎに10ドルを割ると10分おきに1ドル下がるような展開になった。午後2時すぎに節⽬の0ドルを割ると午後2時30分には⼀気にマイナス40ドル強まで崩れた。」
夕刊では、日経新聞のみならず、各紙が1面トップで大きくこのことを報じている。
これに対し、CME(シカゴ商品取引所)での原油「先物」最新価格:
Crude Oil Futures Quotes をチェックすると、
最新価格:日本時間2020年4月21日午後0時43分時点の最新値
1列目は限月(将来時点)、3列目が今の価格、6行目が清算価格(5月物はマイナス価格)
注意:マイナス価格は5月物(期近)だけであり、6月物以降は期先になればなるほど高くなっていることに注意
このことが何を意味するか考えてみる。「タダより安いものはない」は嘘だ
「タダより安いものはない」ということが言われることがある。しかし、それは本当でない。ものをタダでもらって、さらにお金がもらえることがある。そんな「美味しい話」がと思うかもしれないが、われわれの身の回りにはいくつもそうした話がある。
例えばマイナス金利だ。日本政府はお金を(国民から)借りて、金利を払うのでなく、マイナス金利、つまり金利分をもらうことができる。北欧の国では住宅ローンを借りて、利子が「もらえる」こともある。此等は金融の世界で生じていることだが、モノ(実物(Real Assets)」の世界でもそうした例はいくつかあるし、あった。
アメリカやヨーロッパでは、電力をマイナス価格で販売することが電力市場で生じている。春や秋の温暖な日が続くときには、暖房も冷房もいらない。でも天気は良く、太陽は光輝いている。何が起きるのだろうか?
風車がまわり風力発電が活発になる。日差しが良くなり太陽光発電が盛んになる。
つまり、電力の需要は減るが、供給は増える。ところが、電力は需要と供給を常に一致させる必要があるのに、春秋には受給のズレ、ギャップが生じる。もっと電力使ってくださいと電力会社が頼んでも企業や家計の電力需要は春秋にはそう簡単には増えない。そこで日本の電力会社はどするか?「風力や太陽光で発電した電力は引き取りません」となる。
ヨーローパやアメリカ(テキサス州ではとくに)どうするか? タダでも良いですから引き取ってください、と顧客にお頼みするわけだ。寅さんの言葉を借りれば「持ってけ泥棒」という啖呵をきるわけだ。それでももっていってくれなかったらどうするか。お金を払うから、おねがいだからか、持っていってください、となるのである。
例えば次の論文を御参考
Sewalt,
Michael, and Cyriel
De Jong. 2003. “Negative Prices in Electricity Markets.” Commodities Now
2: 74–79.
何故?こうしたことが生じるのか?それは、電力が貯蔵できないからだ。もし需要以上の供給(生産)がおこなわれるのであれば、余った分は貯蔵しておけばよい。そして需要が増えた時に、倉庫から商品を取り出して、売ればよい。電力はそれができない。全くできないわけではなく、例えば揚水発電といって、夜間余った電力で、水を貯水池に汲み上げて、翌日昼間にその水を放水し、水力発電をする、といったことをやっているが、その量は微々たるものである。だから、大量の電池を低コストで貯蔵できる電池の開発が重要なのだ(この問題は別途議論する)。
貯蔵できる重油
本題に戻ろう。電力は貯蔵が難しいが、電力を作り出すためにもっとよく使われている重油、原油(Crude Oil)は、もちろん、貯蔵できる。だからコロナショックで、電力需要が減ったのであるならば、重油貯蔵すればよい。でも貯蔵のためには巨大なかつ多くの貯蔵タンク(運行していないタンカーに溜め込むことも可能だ)が必要だが、タダで貯蔵できるわけではない。それなりのコストがかかる。
いま問題なのは、タンクはもうすぐ目いっぱいになるかもしれないということだ。
目いっぱいになったらどうするか?
川に、海に捨てるわけには行かない。前にも言ったように、「タダでも良いですから引き取ってください。寅さんの言葉を借りれば「持ってけ泥棒」となる。しかしそれも無理かもしれない。しょうがない、お金を払いますから(1バーレルあたり40弗!)重油を引き取ってください、ということになったのである。でも今になるとマイナス16弗。美味しい話に飛びついた人も多くいたため、価格が上がったのだろう。
原油先物市場で、つまり5月の第4金曜日(毎月25日直前の営業日)、NY時間午後三時に原油1バーレルを売る約束をしたひと(売り手)は、買い手に1バーレル40ドルを払いますから引き取ってください、という契約をしたわけである。
この点を、ファイナンス理論、特にオプション契約の観点から考察してみる。
先物契約に含まれる「押し売り」する権利:プットオプションが顕在化したのでは?
今回のマイナス原油先物契約は、実際には、5月物先物売りをした売り手は、そこに内包される原油を「押売りする権利」を行使したのではないだろうか?
先物契約は「差金決済」と言って、原油を買う約束をしたからと言って実際に原油を引き取る必要はない。先物満期日に、あたかも買うといった人が損をしたときにはお金を先物売った人に払い、得をしたときにはお金をもらうことで、契約を完了することが普通である。
しかし、現物受け渡しと言って、先物売りをした人は、現物を買い手に受け渡す権利も有している。現物決済が行われる可能性は、平時では非常に少ないのであるが、今回の様なコロナショック経済のもとでは、先物売りをした人が本当に現物の押し売りをするかもしれないということ勘案して、マイナスの原油「先物」価格が成立したのであろう。
押売されて手元に重油が渡ってもどこにも貯蔵できないとなったらどうするのか、そう考えてみたら、深刻さの度合いがわかるのではないでしょうか?
WTI石油先物価格の期間構造に注目する必要がある。先物価格を見れば、市場は、投資家は、コロナショックの影響をどう見ているか、数字でわかるわけだ。
つまり、今は23ドルしてても、5月、つまり1ヶ月後には、アメリカ中の石油タンクは満杯になり、誰も重油の引取り手いなくなると市場は判断しているのだろう。だから先物売りをして、行き場所に困った重油の押し売り(プット)をしているのだ。
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